Kernelが場をつくる

Core と Kernel ― Kernelが場をつくる

Core と Kernel は、
中心と外側、核と周縁として語られることが多い。

Core があって、
それを Kernel が包む。
そんな理解は、分かりやすく、安心感もある。

けれど、
現実をもう少し長く眺めてみると、
視線は自然と Kernel 側に留まる。


Kernel は、外側にある。
だから目立たない。

だが、多くのことは
ほとんどが Kernel の中で進んでいる。

それは、
意識されることのない前提であり、
静かに整えられている背景でもある。


Core は、
何かを決めるとき、
あるいは迷ったときに
ふと意識に浮かぶ。

一方で Kernel は、
意識されないまま、
場を整え続けている。

在り方。
位置。
進み方。

Kernel は、
選択が生まれる前の
配置をつくっている。


Kernel があるから、
Core は語られなくて済む。

言葉にしなくても、
示さなくても、
自然と伝わる。

それは Core が強いからではない。
Kernel が、
その居場所を用意しているからだ。


人は、ときどき
「自分の軸」を探そうとする。

けれど、
軸は掘り当てるものではなく、
置かれるものなのかもしれない。

輪郭。
間。
連なり。
気配。

それらが整っているとき、
中心は、
無理なくそこに現れる。


Kernel は、
妥協でも補助でもない。

それは、
中心が中心であり続けるための
前提条件だ。

外側を整えることは、
回り道ではない。

むしろ、
遠くまで進むための
最短経路に近い。


Core と Kernel の関係は、
上下でも主従でもない。

ただ、
場をつくるものと、
そこに現れるもの。

最近は、
その順序が
はっきりしてきた気がしている。


もし今、
何かを選ぼうとしているなら。

Core に問いを投げる前に、
Kernel を見渡してみてほしい。

そこに、
すでに整っているものがあるなら。

中心は、
もう動き始めている。

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